パラサポ

【自転車PREVIEW】個性豊かな世界の超人たちを見よ

世界標準の自転車カルチャーを体感できる

男子H5クラスのロードレース。集団のなかで走るアレッサンドロ・ザナルディ(イタリア)

自転車がメジャーなスポーツである欧州などの各国には、自転車というスポーツのエッセンスやカルチャーを幼少時から自然に身につけた選手たちが数多くいて、なぜ自転車が素晴らしいスポーツなのかをその全身のパフォーマンスで表現してくれる。それは障がい者カテゴリーでも例外ではない。日本選手の出場がないクラスもぜひこの機会にチェックしてほしい。「障がい者の競技」という言葉のイメージががらりと変わるはずだ。

注目の海外選手たち

パラサイクリングトラック世界選手権で互いの強さを称え合うアリステア(左)とマイケル

今回のパラリンピックでは、大会の前半にトラック競技、後半にロード競技が行われる。6月末現在、各国ともリオへのセレクションが徐々に発表されつつある段階だが、出場確実と思われる選手たちを紹介しよう。

アリステア・ドノフー(オーストラリア)[障がいクラス:男子C5]は、長年このクラスのトップで走ってきた先輩、マイケル・ギャラガー(オーストラリア)の王座を継承するであろう21歳の若手。パラサイクリングにとどまらず、昨年秋には健常者のUCIロード世界選手権のU23カテゴリーに出場。違反失格となったためリザルトでタイムは確認できないが、同カテゴリーに出場した日本の健常者選手たちより先に「20位前後に相当する、1位から15秒遅れのタイム」(同国コーチ)でフィニッシュラインを超えている。

トラック男子C3ランキングトップのジョセフ・ベルニー(米国)は、日本の藤田征樹と同じクラス。長いヒゲが印象的な隻腕選手で、その空気抵抗をものともせずしっかり最速タイムを出してくる愛すべきナイスガイだ。見事なヒゲに気を取られて彼に右腕がないことを多くの観客が忘れているほど、そのハンドルにブレはない。

抜群の脚力が光るベルニー(アメリカ)

女子C2は、片脚大腿切断や少し重めのまひなどの障がいをコントロールしながらのスポーティな走りで、「パラサイクリングならでは」というレースが見られる味わい深いクラスだ(数字が小さいほうが障害が重いクラスになる)。ある年のトラック世界選手権で、障がいを感じさせないパワフルな走りを見せトップタイムでフィニッシュした直後、痙性で動けなくなりコーチに抱え上げられ満場の拍手のなか走路から退場したアリーダ・ノーブライス(オランダ)など、チャーミングな選手が揃う。

エクストリームなテイストも人気

「2015ツール・ド・フランスさいたまクリテリ ウム」に出場したヴィコ・メルクライン(ドイツ)

ときに日本の健常者のレベルをしのぐレース内容で、観戦者が最高に盛り上がるのがトラックの男子Bクラスだ。ロンドン大会で会場は連日、日本のサッカースタジアムのような大歓声に包まれた。トラックのチケットは即完売、現地の人によると「関係者であっても入手困難」なほどだったという。

二人乗り自転車を使うタンデム競技自体は健常者のレースでも行われていて、前に乗る選手をパイロット、後ろの選手をストーカー(石炭をくべる人の意)と呼ぶ。視覚障がいの選手がストーカー、健常者がパイロットとなりペアを組むのが、パラサイクリングのタンデム競技だ。2009年頃から、英国を中心に男子Bのパイロットに健常者の世界選手権や五輪で活躍した選手たちを起用する動きがあり、多くの国もそれに続いた。リオでもおそらく出場者リストには、一線を退いて間もない著名選手たちが各国のパイロットとしてずらりと名を連ねているだろう。ガイドに物理的な助力が許されない陸上の伴走者などとは異なって、タンデムの前後の選手のペダルは同じ速さで回り、対等に推進力となる。また、メダルも両者にひとつずつ授与される。1+1を2以上の力にしてトップタイムをたたき出すには、ストーカーにもふさわしい力が要求される。

2016年UCIパラサイクリングトラック世界選手権に出場したオランダ(右)とスペインのパイロットは、両者ともに自転車トラックのオリンピックメダリストだ

そして、ロードでぜひ注目してほしいのが「モータースポーツみたいでかっこいい!」と、エクストリームなテイストが人気のHクラス。脊髄損傷などにより、足でペダルを踏むのが困難な選手が、手でクランクをまわすハンドバイク(ハンドサイクルとも呼ぶ)で競う。H1~4では寝そべった姿勢、H5では正座のような乗車姿勢のハンドバイクを使う。 元レーシングドライバーとして有名なアレッサンドロ・ザナルディは男子H5の選手だ。勝負どころのコーナリングのライン取りはまさに神業だが、リオのロードコースは平坦の直線中心のレイアウトで、彼の技を堪能するには少々物足りないかもしれない。

男子のH3やH4は、誰が勝ってもおかしくないトップ選手がずらりと揃う、層の厚いクラス。昨年ツール・ド・フランスさいたまクリテリウムに招待されたヴィコ・メルクライン[男子H4]がそのスター然としたプロ選手らしいふるまい、そして腕に広がるゲイシャ柄タトゥーで、「障がい者スポーツ」を見ているつもりだった日本の観客たちにカルチャーショックを与えたのも記憶に新しい。男子のBとHは、日本にも国内レベルとしてはずば抜けた選手がいるのだが、「入賞の可能性」という選考基準のため今回は残念ながら代表に残らなかった。それほど世界の競技レベルは高くシビアなクラスということだ。

日本チームは、エース藤田、鹿沼・田中ペアに期待

自転車競技日本代表候補選手には、男子3名、女子1名(パイロットを含まず)が選ばれた。左から川本、藤田、石井、鹿沼、田中

日本選手をチェックしよう。鹿沼由理恵(パイロット:田中まい)[女子B]、藤田征 樹[男子C3]、石井雅史[男子C4]、川本翔太[男子C2]を日本代表候補選手として5月 13日、競技団体による記者会見が行われた。その後、6月24日の「リオ2016パラリンピック競技大会日本代表選手団第一次発表」では、まずは鹿沼(パイロット:田中)、藤田、 川本が名簿入り。JPCF(日本パラサイクリング連盟)によれば、石井は手の骨折の回復状態の確認を経て、後日選手団入りの見通しという。

藤田は現在、ロードレース[男子C3]の世界チャンピオン。また鹿沼・田中ペアも2014 年ロードタイムトライアル[女子B]の世界チャンピオンだ。いずれもトラックでも世界 大会でメダルを多数獲得しており、リオでもロード・トラックともに好成績が期待されている。

藤田はアスリート枠でなく日立建機の一般社員として仕事をしながら競技を続けているが、自己管理やメディア対応など選手としてのプロ意識は高く、今回の日本チームでも選手たちの核となる存在だ。

鹿沼はクロスカントリースキーから転向した選手で、生来の高い身体能力をベースにこつこつと練習を積み、誰もが認めるトップ選手に成長した。パイロットの田中まいはガールズケイリンのプロ選手でもあり、自転車競技の経験が豊富で勝負勘も抜群。

川本は自転車競技を始めて間もないが、将来性で代表に抜擢され、目下トレーニングに励む期待の若手だ。

石井は2009年のレース中の落車による大ケガのあと「ゼロから再スタートです」と何年も努力を重ね、再び自らの順位をメダルが狙える位置に引き上げてきた。「この大会を集大成に」とその決意を会見で語っていたが、本番で練習以上の結果を出してきたタフなメンタルは健在だ。

それぞれどんなレースを見せてくれるか、個性豊かなパラサイクリストたちの活躍を楽しみに本番を待とう。

text & photos by Yuko Sato

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